
水族館こちら とは
『水族館こちら』は、2023年10月に公開したフリーゲームです。
ティラノスクリプト製の、女の子と水族館を歩き回るノベルゲームです。
遊んでくださった方、本当にありがとうございます。
気づけばこのゲームも2周年を過ぎました。
このゲームについては、これまであまり細かく語ってきませんでした。
でも、そろそろここに置いておいてもいいかなと思い、この記事を書いています。
遊べるところ
https://novelgame.jp/games/show/8891
げむくりのページ
https://sns.freegame-contest.com/photo/%e6%b0%b4%e6%97%8f%e9%a4%a8%e3%81%93%e3%81%a1%e3%82%89/
生成AIについて
このゲームは、もともと漫画にするつもりだった話の一部を切り抜いたものです。
ゲームの中には出てこない設定も多く、削ったものもたくさんあります。
それでもゲームとして形にできたのは、当時、自分の中で「背景をどうにかできるかもしれない」と思えたからでした。
生成AIが広がり、自分の苦手だった背景制作に糸口が見えた。だから作り始めることができた、という面は確かにあります。
ただ、そのことを手放しで肯定しているわけではありません。
当時から大きな問題意識はありましたし、今も、誰にとっても完全にクリーンな画像生成はないと思っています。
権利面は調べたうえで学習モデルを選びましたが、それでも「これで万全」とは言い切れません。
なので、背景はいずれ差し替えたいとずっと思っています。水族館へ取材に行きたい、という気持ちもあります。
ここで言いたいのはひとつだけです。
生成AIがなかったら、このゲームは作り始めていなかったと思う、ということです。
この先の未来、みんなが笑顔になれる技術となることを願います。
このゲームの元ネタ
ゲームの表面だけを見ると、
「女の子と水族館を歩き回る話」です。
でも、もっと正確に言うなら、元になった状況はこうです。
2020年、コロナ禍で登校できなくなり、リモート授業を受けていた高校生の男女が、授業の時間を抜け出して水族館に行く話。
物語の二人は同じ高校に通っていました。
2019年に入学し、男の子は女の子に対して、物静かで、知的で、どこか大人びた印象を抱いていました。
会話が特別弾んだわけではないけれど、11月、男の子は彼女に告白します。返事はないまま、日常だけが続くはずでした。
ところが2020年、コロナ禍で学校生活は一変します。
休校、リモート授業、行事の消失。クラス替えも行われず、彼らは画面越しに顔を合わせるだけの関係になります。
そしてある雨の日。
授業中のはずなのに、彼女は制服のまま、傘を持って、彼の家の前に立っていました。
一言だけ、「行くよ」と言って。
連れて行かれた先が、水族館でした。
なぜ彼女は水族館に
ゲームの中で彼女はあまり多くを語りません。
でも、元の設定では、彼女が水族館を巡る理由はいくつかありました。
ひとつは、彼のことを知りたかったからです。
自分に興味を向けてくる相手が何を考えているのか、それをどう確かめればいいのかわからない。
だから水族館に連れ出して反応を見ることにした。
彼女にとってそれは、彼との距離を測る行為でした。
もうひとつは、家にいたくなかったからです。
彼女には、あまり家にいない父がいました。寡黙で勤勉で、杓子定規で、頭の硬い人です。
母はさっぱりした性格で、父とはまた違う距離感で家の中にいます。
そして姉はもう家にいません。
父は、娘の相手をしてこなかった自分に負い目を感じていて、その優しさがかえって彼女には息苦しく感じられていました。
父のことが嫌いなわけではありません。
父が知らないところで優しさを発揮していることも、所在なげなことに落ち着かない人だということも、彼女はちゃんとわかっています。
母のさっぱりした在り方に救われている部分も、おそらくありました。
ただ、家族の誰に対しても、どう距離を取れば心地よいのかがわからなかったのだと思います。
コロナ禍が始まり、それでも父は仕事に出かけます。
けれど雨の日は家にいる。
だから彼女は、自分が家を出るしかありませんでした。
最初はどこへ行けばいいのかわからず、傘を差して歩き回るうちに学校へ着き、そこから彼の家へ向かった。
そうして水族館へ行く流れができていきました。
彼女にとっての水槽、ガラス越しの距離
彼女は人付き合いに辟易していました。
人の顔色をうかがうことにも、言葉を選び続けることにも、疲れていたのだと思います。
無口なのは、考えすぎるからです。
知的に見えるのは、頭の回転が速いからです。
そして彼女には、何も考えないようにする時間が必要でした。
彼女はSNSもやっていましたが、自分のことを投稿する気にはなれませんでした。
何を書いても本音ではないように感じてしまうからです。
その代わり、飼っていた熱帯魚の写真を載せていました。
それが彼女の頭の中だったのだと思います。
彼女はペタという小さな熱帯魚を飼っていました。
彼女の部屋には、本と机とベッドとPC、そして水槽があるだけです。
水槽を眺めているだけで時間が過ぎる。それでよかった。
でも、そのペタはいなくなりました。
寿命の長い魚ではありません。
世話もしたし、水槽を洗ったり機材を交換したりするのも楽しかった。
けれど、泣かなかった。
そこへ、コロナ禍の水族館で、魚がストレスによって自分を傷つけるようになったというニュースを知ります。
そのとき彼女は、見たくなかったものを見てしまったのだと思います。
>> 魚がうつ状態に。水族館や観光地の海に住む魚たちは自粛で人間と会えず寂しがっている(オーストラリア)
>> https://karapaia.com/archives/52290988.html
※カラパイアの記事(2020/5/19)
ペタは自分だった。
自分もまた、腫れ物のように、水槽の魚のように見られていた。
でも、自分だってみんなを見ている。
ガラス越しに人と関わるしかないと思っていた彼女にとって、水族館はただの行き先ではなく、自分の在り方を考えずに済む場所でした。
ゲームに残ったもの、残らなかったもの
ゲームの中には、ここまでの要素はほとんど残っていません。
かなり削っています。
元の話では、彼女が泣き出してしまう場面までありましたが、それもゲームには入っていません。
それでも、完全に消えたわけではないと思っています。
たとえば、熱帯魚の水槽を何度か見ると、彼女が「昔飼ってた」とだけ言う部分です。
知らなくても進める情報です。
なくても困らない。
でも、自分は入れたかったのです。
口にしなければ絶対に伝わらない情報を、彼女がひとつだけ渡してくれる。
そのことで、プレイヤーが「この子のことを少し知れた」と感じられるようにしたかったからです。
元の構想にあったものを全部入れたわけではありません。
むしろ、ほとんど入っていません。なんならゲームで増やしたシーンもあります。
それでも、削ったあとに彼女の輪郭だけは残っていてほしかった。
自分にとっては、そういう作品です。
これはデートではない、と思っていました
自分の中では、これはデートではないと思っていました。
少なくとも、それだけではないと思っていました。
彼女にとって水族館へ行くことは、彼との距離を測る行為であり、家から逃れる手段でもあり、自分自身を観察するための場でもありました。(自分でそう思っていたかはわかりません)
だから、いわゆるわかりやすい意味での「デート」とは違うつもりで作っていました。
でも、公開してみて、遊んでくれた方の反応を見て、気づいたことがありました。
これはかなりデートとして読まれている。
あにはからんや、デートとして読まれている。
こけつにいらずんば、デートとして読まれているなぁ。
そして実際、そう受け取られるのも当然だったのだと思います。
プレイヤーはゲームを始める前から、もう彼女に惹かれている。
タイトル画面やメインビジュアルに惹かれて来てくれた人にとって、その感情は自然なものです。
自分は「これはデートではない」と思っていたけれど、みんなの反応を見て、「いや、これはもうデートなんだな」と気づきました。
とはいえ、自分の中では今でも、ただのデートではありません。
でも、デートだと思われてもよいし、そう読まれる作品になっていたのだとも思っています。
最後に
『水族館こちら』は、自分にとって間違いなく処女作になりました。
同人誌で漫画を描いたことはあっても、ゲームとして世に出した最初の作品です。
勢いで作ったところもあります。
でも、世に出せて本当によかったと思っています。
知ってくれて、遊んでくれて、ありがとうございました。
そしてこうして、少し遅れてでも、裏にあった話を書けてよかったです。
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